『 赤い靴 ― (1) ― 』
カタン ― ドアを開ければそこはごく普通のバス・ルームだった。
「 ・・・ ああ ・・・ 」
彼女は誰にとでもなく 溜息と一緒に小さな声をだした。
「 使って いいのね。 ・・・ 鍵をかけて誰にも監視されずに ・・・ 」
形ばかりの内鍵に なぜかとても嬉しい気がした。
掃除の行き届いた更衣室には 真新しい白いタオル類が積まれていた。
「 ・・・ ああ ・・・ このシャボン ・・・ まだあるのね。 懐かしい香り ・・・ 」
洗面台に置いてあった石鹸は 老舗香水店のもので辺りに芳香を漂わせている。
石鹸に刻みこまれたロゴも 以前と変わっていない。
ああ ああ ・・・・ 戻ってきたのね やっと ・・・
やっと 普通の 世界に ・・・!
彼女はそうっと 石鹸を手に取った。
「 ・・・ つかって いいのね ・・・ いいの ・・・ ね ・・・ 」
のぞきこんだ鏡の中で 蒼白い顔が涙をこぼしている。
「 やだ ・・・ なんで泣くのよ ・・・ もう〜 」
目尻を払うと ゆっくり服を脱ぎ始めた。
決死の逃避行の末 ― ここに落ち着いた。
地理的には極東の島国、 その首都に近い場所だという。
仲間の一人は そこは自分の出身地に近い、と懐かしそうな顔で言っていた。
そうなの? ふうん ・・・ アナタを待っていたのよね ・・・
だから しっかりして欲しいわ。
・・・ 若いわね。 一番若いんじゃないかしら
ええ そりゃ 001 は別として、だけど
あの山はね フジサン というんだ・・・ そんなはしゃいだ声をききつつ 彼女は冷静に
その少年の横顔を観察していた。
若い ・・・ まだとても若いヒト。 祖国に戻ってきて嬉しいのね 家族とかもいるのかしら。
ここで全員解散しても ― いいわ 別に。 ・・・ そんなとりとめもないことを考えていた。
「 あ〜 ここは研修施設として使っておってね。 海外のお客さん達用になっとります。
キッチン、 バス トイレ ・・・ 自由に使ってくださいや ・・・ 」
その家の当主で ギルモア博士の友人、という白髭の老人は穏やかに微笑んだ。
「 お気楽に・・・ ゆっくり休んでくれたまえ。 」
「 ありがとう! いろいろすまんなあ ・・・ コズミ君 ・・・ 」
「 なに、 ワシはなんにもできんよ ・・・ 地下には簡易ラボもあるで、適当に使ってくれ。 」
「 すまん ・・・ 本当にすまん ・・・ 」
「 いやいや ・・・ 」
「 コズミ先生、言わはりましたな〜 すんまへん、厨房はどこですか? 」
料理人が 一番先に声をあげた。
「 キッチンですかな。 ほい こちらですよ。 食材など自由に使ってくださいや 」
「 おおきに ・・・ ほんなら ワテ、腕を揮いまっせ〜〜 皆 美味しい御飯、待っててや〜
グレートはん! 手伝どうてや〜〜 」
「 へいへい ・・・ おお なかなかの蔵書があるな。 うむうむ 今晩の楽しみとしよう ・・・ 」
中年コンビは賑やかに厨房に消えていった。
「 ・・・ それじゃ諸君 部屋へ。 人数分以上ありますから ・・・ 」
「 こりゃ ありがたいですな。 あ ・・・ 先にバスを使ってこい。 」
「 ・・・ え ? なに、アルベルト。 」
「 だから。 お前、一番先にバス、使わせてもらえ。 」
「 あ ・・・ え ええ ・・・ 」
銀髪が ぽん、と背を押してくれた。
カサ ・・・ カサリ ・・・ 脱ぎ捨てた服を脱衣籠に入れた。
彼女は脱いだ服を しばらくじっと見つめていた。
いつもいつも着ていた あの赤い服ではないのがとても新鮮で、そして不思議な気分だった。
「 ・・・ こんな服 ・・・ 何年ぶりかしら。 可愛い服だったのね。 」
この邸の当主が こんな服しかなくて・・・と貸してくれたものだった。
カチ ・・・ なにか小さな音がした。 ボタンかなにかが床に当たったのだろう。
一瞬、 ドアの鍵を見詰めた。
ほんの形式だけの簡単な内鍵だったが、 もう覗かれるとか監視されるとかの懸念はないのだ。
「 ふ ・・・ イヤな習慣が残ってしまったわね ・・・ 」
苦い笑いを唇にうかべつつ ― 彼女は身体をひねり ふ・・・っと鏡をみつめた。
― あ ・・・ え? これ わ た し ・・・?
明るいバス・ルームの照明がくっきりと − 少し残酷なまでにはっきり映しだしたのは
世間的 ― というか男性視点からみると 魅惑的に均整のとれた身体 だった。
「 ! こ こんなの ・・・ わたし じゃない! こんな余分な ・・・! 」
きゅっと唇を噛み 居たたまれずに視線を逸らせた。
― 充分に覚悟はしていた。 自分の脚がかなり変えられてしまったことには
あの悪夢の日 の 初めに気がついた。
やっとの思いで < 休息 > 時間にたどり着き 剥ぎ取るように脱ぎ捨てたブーツの下からは
白く真っ直ぐな脚と 幅の狭いすんなりした足 が現れた。
「 !? ・・・ な ・・・・?! 」
一瞬 我が目を疑った。 これ ・・・ なに。 これ ・・・ 誰の足??
長年のレッスンの影響で フランソワーズは矯正されたX脚とかなり歪になった足を持っていた。
そして それは彼女自身の努力の結果でもあったのだ。
・・・ あ ・・・ < 改造 > って こと??
もしかして 身体中 ・・・弄くったってこと??
度重なる衝撃が最も重みを持って彼女に圧し掛かってきた。
「 う ・・・ そ!? こ こんなの わたしの脚じゃない! わたしの足じゃないわ! 」
そう・・・っと触れてみれば 不自然なまでにつるり、とした感触だった。
ちがう ちがう ・・・ こんなの わたしの脚じゃない
わたしが苦労して作り上げていたわたしの脚じゃ ない
シャワー設備しかない小部屋で 彼女は縮こまり丸まっていつまでも呻き続けていた。
もう ・・・ 踊れない ・・・ ! 踊れない んだ ・・・
あの時の衝撃は とても忘れられるものではない。
そして 身体全体については敢えて目を逸らせてきた ― 知りたくなかった から ・・・
今 ついにゆっくりと向き合わねばない時がやってきた。
あの島から脱出した後も < 汚れを落とす > 目的だけのシャワーのみ、の生活だった。
それが この家に来て。 最初の日 ・・・ ゆっくりとバスを使えることになった。
誰もがほっとしている ― 勿論、彼女自身も安堵感に浸っている。
しかし もう目を逸らすことはできないのだ。
シャワーの下に佇み 全身に水をかぶった。 湯でなない、冷たい水が全身を打つ。
シャ −−−−−−− ・・・・・
ただの水が 冷たい石礫のように 美しい身体に当たって落ちる。
「 冷た ・・・ ああ これでこんな身体 ・・・ 削れてしまえばいいのに ・・! 」
滝に打たれる修験者のごとく 彼女は目を閉じ全身への刺激に耐えていた。
「 ・・・ やっぱり ・・・ パーツだけじゃない、ってことか。 中身だかじゃなくて外側まで!
さ・・・いてい!!! わかっていたけど ― 最低ね ・・・! 」
彼女は嫌悪の視線を輝く彼女自身の裸身に向けていた。
「 ふぁ〜〜〜 ・・・ 今日もいい天気だねえ〜〜 」
「 あら お帰りなさい、ジョー。 今日はどこまで行ったの? 」
「 うん え〜とね ・・・ 岬の灯台が見えるところまで さ。 」
「 え ・・・ すごいわね。 」
「 あは ・・・ まあ ぼくらにはたいした距離じゃないし。 」
「 ・・・ それは そうだけど ・・・ 」
明るい朝の会話に ふっと ・・・ 苦味が加わってしまった。
言葉を途切らせた彼女に ジョーはわざと明るく付け加えた。
「 あ でもね すごく気持ちよかった! ここいら辺りの景色は素晴しいよねえ 」
「 ・・・ そうね ・・・ 朝食 できているから。 」
固くなってしまった笑顔のまま 彼女はキッチンに引っ込んでしまった。
あ ・・・ マズったぁ ・・・・
けど いちいち反応されちゃうと なあ ・・・
最後に < 彼ら > の仲間となり、 なにがなんだかよくわからないうちに脱出行に
巻き込まれた ― それは彼の意志ではあったけれど ―
だから ジョーには仲間たちほど < この身体 > への嫌悪感やら負の拘りはなかった。
むしろ 未だに新しい発見をしたりして 目を見張っていることもある。
「 オマエはどう思っているのか。 この半機械人間の身体を! 」
銀髪の仲間に正面切って訊かれても 彼は言葉を濁していた。
「 ・・・ ぼくにはよくわかんないし。 う〜〜ん ・・・? 」
博士の友人宅に落ち着き ― その後再び短い逃避行があったけれど
結局再びこの地に根を下ろすことになった。
ギルモア博士は 海に張り出した広い断崖の上にかなりの広さの土地を購入し邸を構えた。
― 崖っ淵に建つ少し古風な佇まいの洋館 ・・・ それがジョーの今の家だ。
ひとつ屋根に下に住む < なかま > は 博士 に 赤ん坊のイワン。 そして
パリジェンヌの 彼女。
ジョーはひそかに 彼らを < 家族 > と思っているけれど口には出さないことにしている。
だってなあ ・・・ 迷惑に思ってるかもしれないもんなあ・・・
・・・ その ・・・ ぼくなんかと 家族だ、なんて思われたくないかも
うん こんなにキレイでさ ステキなヒトと一緒に暮せるだけで満足さ
ジョーはぼ〜〜〜っと彼女に見惚れているときがある らしい。
どうも無意識にやってしまうらしく ・・・
「 ― なあに。 なにか用事があるの? 」
「 ・・・・ へ!? い い いや ・・・ なにも! うん 本当だよ! 」
ジョーはあわてて ぶんぶんと首を振る。
「 そんなに強く否定しなくてもいいわよ ごめんなさいね。 」
「 へ?? あ あ いや ・・・ 」
逆に謝られたりして 彼はいつもドギマギしてしまう。
あ ・・・ う〜〜〜 ホント 女の子 ってむっずかしい〜〜〜
失敗 失敗 ・・・と首を竦めつつ ― それでも気がつけば彼女の姿を追っていたりするのだった。
博士とイワンと そして この少々気難しいパリジェンヌとの暮らし ― 彼は気に入っていた。
博士は相変わらず研究に没頭していた ― その多くは彼らの身体に関するものだった。
「 え・・・ さらに改造する のですか? 」
「 う〜む ・・・ 改造、と言うべきかどうかよくわからんが。
ともかく諸君らの メンテナンス の回数をなるべく減らし精度を上げる のがワシのこれから
そうさな ・・・ 生涯の目標じゃよ。 」
「 へえ ・・・ でも開発を手がけたのは博士ですから、その延長なのですよねえ。 」
「 ジョーよ。 作る と 維持する ことは全然別のことなのじゃよ。
創造も難しいが よりよく現状を維持することは同じくらい いや 数倍困難なんじゃ。 」
「 すごいなあ ・・・ 博士はいつでも高い目標があるのですね ! 」
「 ― それが 手を下したものの責任ってもんじゃないの? 」
ひどく乾いた声が 二人の後ろから降ってきた。
「 ?? フラン? ・・・ そんなこと 」
「 いや いいのじゃよ、ジョー。 そうじゃ、フランソワーズの発言は正しい。
ワシはワシの所業を償うべく 残りの生涯の全てを掛ける。 それがワシに出来る唯一の ・・・ 」
「 博士! 」
「 言わせてくれ。 唯一の謝罪の方法じゃ。 」
「 ・・・ 謝罪だなんて そんな ・・・ フランソワーズ、君も少し言いすぎ 」
「 ジョー。 よいのじゃ。 ワシは全てをこれからの行動で示すよ。 」
「 ・・・・・・・・・ 」
フランソワーズは黙っていたが ふ・・・っと目を逸らすと静かに部屋を出ていった。
「 ・・・・! ちょ ・・・ 」
「 あ ・・・ ジョー ・・・ 放っておいておやり。 」
「 いえ。 」
博士の制止を断り ジョーは彼女の後を追った。
「 ― フラン? ・・・ ああ そこにいたのかい。 ねえ きみ 」
テラスの外れに彼女は膝を抱えて座り込んでいた。
ようやっと庭らしい風情になってきた緑を ぼんやりと眺めている。
トン トン トン ・・・ 白い素足が根付きはじめた芝生を踏む。
いや 足を打ちつけている。
あれ ・・・? いつも芝生を大切に・・・ なんて言ってるのに・・・
ちらり、と見えた横顔に 涙の痕があった。
ジョーはゆっくりと近づいた。
「 ・・・ となり 座っていい? 」
「 ・・・ どうぞ。 」
「 ここさあ ず〜〜っと芝生になったらすごくいいよねえ〜
夏なんかは裸足で出れるし ・・・ 犬とか飼いたいなあ 」
「 ・・・ そうね 」
「 ねえ なんであんな風に言うのかな。 きみはそんなヒトじゃない。 」
「 ― ジョー。 」
彼女は ぱっと顔をあげ 彼をみつめた。
「 ジョーは ― 改造されてよかった、と思っているの? 」
「 え? ・・・ あ ・・・ う〜ん ・・・それはなんともいえない ・・・ 」
「 なら アナタにわたしの気持ちは理解できないわ。 」
「 きみの気持ち? 」
「 そうよ! こんな こんな ・・・ バケモノにされてしまったわたしの気持ち。
ジョーにわかるわけ ないわっ! 」
「 きみの どこがバケモノなの。 ぼくにはきみは本当にキレイなヒトに見えるけど。 」
「 どこが!? この ・・・ ツクリモノの身体のどこがキレイなのよっ 」
「 ツクリモノ・・・ってことなら ぼくが一番バケモノってことになるよ。 」
「 ・・・・ あ ・・・ そ そんな意味じゃなくて その ・・・ 」
彼は穏やかな表情だ。 フランソワーズは唇を噛み、俯いた。
「 ・・・ ごめんなさい。 言いすぎたわ。 ・・・ なんかイライラしてて ・・・ 」
「 謝らなくていいってば。 でも さ ・・・ ずっと溜めていることがあれば言っちゃえよ。 」
「 ― え ・・・? 」
「 こんなコト、女の子に言ってごめん。 でも ・・・ なにかな〜 きみ さ ず〜〜っと ・・・
なにかに怒ってない? そんな風に感じるんだ。 」
「 ・・・ 怒る ・・? 」
「 うん。 いや 憤るっていうか ・・・ う〜〜ん ・・・ 上手く言えないけど・・・
あ! そうだ やり場のない怒り っていうか? 」
「 ・・・ ジョー ・・・ ねえ 聞いてくれる。 」
「 ぼくなんかでよければ ・・・ 」
「 ジョー お願いします、聞いてください。 」
「 伺います。 」
ジョーはなぜかぺこり、とアタマをさげた。
「 この 脚 よ。 」
す ・・・。 芝生の上に 白いすんなりとした脚が伸ばされた。
「 ・・・ うわ ・・・ あの ・・・ ちょ っ み 見える・・・よ? その ・・・ し 下着 ・・・ 」
「 あ ごめんなさい ・・・ ねえ この脚 どう思う。 」
少しスカートをひっぱってから、 彼女は脚を指す。
「 え ・・・ あ あのぅ〜〜〜 すごくキレイな脚だと思います〜 」
「 キレイ? どんな風に? 」
「 え〜〜〜 ・・・ うん あの その ・・・ まっすぐでほっそりしてて ・・・ ゴツゴツしてなくて。
ごめん・・・ あの ・・・オトコなら誰でもちょっと触ってみたい ・・・ かも ごめん〜〜 」
ジョーはどぎまぎ ― 真っ赤になっている。
「 いいってば。 そう ・・・ そうなんだ?
いかにも〜〜 オトコを誘う、男心をそそる脚、ってことよね。 」
「 ・・・ あ うん ・・・ 」
「 こんなの わたしの脚 じゃない。 わたしの脚ってすこし湾曲して膝が内側に入った
X脚で 膝の脇の軟骨は飛び出してた。 足もよ! 親指は内側に曲って ・・・
菱型みたいに変形してたの。 足の指の関節もごつごつしていたわ。 」
「 ・・・ そ そうなんだ? 」
「 ええ。 だってね! そう作ってきたんだもの。 ずっとずっと子供との時から
一生懸命レッスンして ・・・ わたし わたしね バレリーナになりたかったのよ。 」
「 ・・・ そうなんだ ・・・ 」
「 なのに ・・・ こんな脚 こんなに勝手に変えられて ・・・ ええ 改造ってわかってたけど 」
ぽと ぽと ぽと ― 大粒の涙が頬から顎へ そして芝生の上へと落ちてゆく。
「 ・・・ いつか いつかあの島から脱出できたら もう一度踊りたいって ・・・
踊るんだ・・・って。 そう思って その想いに縋って生きてきたのに ・・・ ! 」
「 ・・・・・・・・・ 」
ジョーはなんと言ってよいのかわからず ただじっと彼女の側に座っていた。
ぽと ぽと ぽと ・・・ 涙が白い脚にもこぼれてゆく。
「 あ ・・・ あの さ ・・・ 」
少しもぞもぞして 彼はやっと口を開いた。
「 あの さ。 そんな風にさ 一生懸命になれることがあるって すごく羨ましいな。 」
「 ・・・・ え ・・・? 」
「 ずっとず〜〜っと頑張ってきたんだね。 いいなあ ・・・ 」
「 ・・・ どういうこと? 」
フランソワーズは涙でべとべとな顔のまま怪訝な視線をむけた。
「 うん。 あの さ きみだけじゃないよな〜
博士もイワンも。 他の仲間だって皆 目的を持っているじゃないか?
店を出す とか 祖国の為に働く とか ・・・ 」
「 ・・・・・・? 」
はあ −−−−− ・・・ 彼は空に向かって大きく溜息を吐く。
「 ぼく さ。 ずっと なんとなく生きていただけなんだ。 」
「 なんとなく ・・・? 」
「 うん。 こう ・・・ 時間の流れのままにただなんとなく日々を送ってたって気分。
なんの目標とか希望とかもなくて 生きてたってカンジ。 」
「 ・・・ 学生 だったのでしょ? 」
「 まあね。 一応高校には行かせてもらってたけど ・・・
もし あのままだったら ・・・ あの事件とかがなかったら
ぼくはなんとなく神父さまを手伝ってなんとなく福祉関係の仕事をしてさ
どうしてもやりたい! って気分じゃなく なんとなくやっていったと思う。 」
「 なにかやりたいコトって なかったの? 」
「 探したいな〜っては思ってたけど ・・・ なかった ・・・と思う 多分 ね 」
「 多分? 」
「 うん。 だから ぼく、きみが羨ましいな。 眩しいなって思う。 」
「 ・・・・・・・ 」
「 専門的なことは判らないけど。 また踊ってみたら? 」
「 だから この脚じゃ 」
「 ごめん ・・・ あの・・・ やってみれば? 出来るか出来ないか やってみなくちゃ・・・
わからないかもしれないよ? 」
「 ・・・ え ・・・ 」
「 バレエは ぼく 全然わからないけど ・・・ クラスでダンスとか熱心に習ってるコ、いたよ。
高校から始めたから大変 ・・・って言ってたけど 楽しそうだった。
ちょっと羨ましいなあ って見てたんだ ぼく。 」
「 ・・・・・・・ 」
「 きれいな脚だもの。 きっと踊れるよ。 その ・・・ 前とは違うかもしれないけど 」
「 ・・・・・・・ 」
「 ごめん、 わかったようなコト言って ・・・ 無責任だよね 」
「 ・・・ ううん ううん ・・・! そんなこと ない! 」
何時の間にか フランソワーズは背筋をぴん、と伸ばしてジョーの言葉を聞いていた。
「 そ そうかな そうだといいんだけど ・・・ 」
「 ね ジョー。 もう一回言ってくれる? 」
「 ?? 無責任じゃないって? 」
「 ちがうわ。 もっと前に言ったでしょ。 出来るか出来ないかって。 」
「 え あ ・・・ やってみなくちゃ わからないよって? 」
「 そう! ねえ もう一度 言って。 」
「 ・・・ い いいけど ・・・ やってみなくちゃ あ あの! やってみなよ! 」
「 ! ・・・ ジョー ・・・ ありがとうっ !! 」
「 え? うわ 〜〜〜 ・・・・ 」
美貌のパリジェンヌにいきなり首ったまに抱きつかれ 日本男児は目を白黒 ・・・そして
首の付け根まで真っ赤っかになっていた。
海辺の邸では 相変わらず穏やかな日々が巡っていた。
大人三人と眠ってばかりいる赤ん坊で 和やかに暮している。
<外国人> の 博士とフランソワーズも かなりこの国の生活に慣れたようだ。
― もっとも 博士はどこに居ようが常にマイ・ペース、 研究さえ出来ればあとな文句なし、の
スタンスなのだ。 この辺鄙な土地での暮しは煩わしことも少なく大歓迎、 といった趣だ。
彼女は ― あの日、 芝生にぽとぽと涙を落とした日以来、とてもパワフルになった。
それまでは 最低限の家事以外は自室に篭っていることが多かったのだが ―
「 ジョー! トマト と レタス。 タマネギ と じゃがいも、 にんじん ・・・って書いて! 」
「 へ・・? 」
あの日の翌朝、 おはよう〜 を言う前に ジョーは紙とペンを突きつけられた。
「 ・・・ は? 」
「 へ とか は じゃなくて。 ここにね、書いてほしいのよ。 日本語で。 」
「 い いいけど ・・・・ えっと とまと たまねぎ にんじん ・・・ 」
「 レタス と じゃがいも が抜けてるわ。 」
「 あ・・・ そ そうか ごめ ・・・ なあ これ どうするの? 」
「 お買い物リストよ。 」
「 そりゃわかるけど − なんで日本語で書いてほしいわけ? 」
「 日本語、覚えるために決まってるじゃない〜〜 わたし、日本語の読み書きができる
ようになりたいの。 」
「 え ・・・ だって自動翻訳機 ・・・使えば? それにきみの日本語はとて〜〜〜も
流暢で日本人とほとんど変わらないよ? 」
「 おしゃべり は ね。 自動翻訳機に助けてもらえば なんとかなるわ。
でもね! あのキカイは 字を書いたり、八百屋さんの店先のフダを読むには
役にたたないのよ。 スーパーのチラシも翻訳できないんですもの! 」
「 あ 〜 ・・・ う〜〜ん ・・・ その手の語彙はモジュールに搭載されていないかもなあ ・・・ 」
そりゃそうだろう、BGの科学者は 日本のスーパーのチラシを読む、なんて戦闘用サイボーグに
必要だとは露ほど考えてはいないだろうから。
「 あ じゃあ ぼくが読むよ? 声に出せば翻訳機、稼働するだろ? 」
「 う〜ん ・・・ あのね わたし、自分で読みたいのよ。 それに毎日に買い物に
ジョーに付き添ってもらって 『 あれはなに? 』 『 とまと。 一個120円 三個で210円 』
『 ふうん これは 』 『 朝採り みょうが ワンパック120円 破格値 』 って
店先で読み上げてもらうってわけにも行かないでしょ。 」
「 ぼくは ・・・ べつに構わないけど ・・・ きみと一緒なら ・・・ 」
「 わたしが構うの。 わたし ― ここで生きてゆくんだもの。 」
「 ・・・ あ そうだね ! うん 」
ちょっと怒ったみたいな表情で ほっぺはうすく桜色に上気している。
わ〜〜〜〜 ・・・・ 可愛い 〜〜〜〜
ジョーはもごもご返事しつつ ぼ〜〜っと彼女に見惚れていた。
「 ジョー? 聞いてる? 」
「 ・・・!? あ あ ご ごめん〜〜 それで ― なんだっけ? 」
「 日本語! ここに書いてね。 」
「 あ ・・・ ああ そうだったよね、 ごめん ・・・ 」
「 あの。 それとね。 ― ごめんなさい。 」
「 え〜〜 じゃがいも・・・っと 。 へ??? 」
ボールペンを持ちつつ ジョーはきょとん、とした顔で彼女をみあげた。
「 なに? 」
「 あの ― だから ごめんなさい。 いろいろ ・・・ 言って。 」
「 はい? なにを ・・・? 」
「 だから 今までいろいろと。 わたし、自分自身の境遇への怒りとか嘆きとか ・・・
ジョーにぶつけるのは全くの筋違いよね。 」
「 ・・・ え ・・・ あ でも 聞くだけならぼく いつでも ・・・ 」
「 ううん やっぱりそれはダメよ。 」
「 ・・・ 博士に 言うのかい。 」
― 一瞬 表情を曇らせ目を伏せ それでも彼女ははっきりと首を横に振った。
「 ううん ・・・ やめたわ。 」
「 そう 」
「 博士にも言い過ぎたわ。 博士は一言も言い訳とかなさらないの。
ただ ― これからの自分の行動で償うから って。 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
「 だから ― わたしも。 < やってみる > ことにしたのよ。 」
「 やってみる? 」
「 やだ〜〜 ジョーが言ってくれたことでしょう? やってみなくちゃ わかんないって。 」
「 あ・・・ う うん ・・・ 」
「 だからね まず ― ここでしっかり生きてゆくの。 お買い物も一人で行くの。 」
「 うん わかった。 レタス じゃがいも ・・・っと。 これでいい? 」
「 メルシ〜〜♪ じゃ イッテキマス〜〜 」
「 あ ・・・ う ん 」
あ ・・・・ ぼくとしては 一緒に〜〜 商店街とか歩きたいんだけど ・・・
! そっか ! 荷物持ちすればいいんだ !
「 お〜〜い フラン〜〜〜 」
ぼ〜〜っと彼女の後ろ姿を見詰めていたが ジョーは一瞬飛び上がり ― どたばた・・・
後を追っていった。
― 四人の日々に 新しい風が吹き始めた。
特別に新しいことが起きたわけではない。 邸を改築するとか新しい家電製品を開発した・・・
とかでもない。
彼らを取り巻く環境は相変わらずのんびりとして世間様からは少々ハズレに位置している。
変わったのは 彼ら自身 ― 家の < 中身 > が変わったのだ。
といってもこちらも特別なことがあったのではない。
ただ 笑顔と会話が増えた。
食後も リビングで他愛ないお喋りをするようになった。 もちろん博士も加わるし
< 昼 > の時間でさえあれば イワンも時にクチバシを挟んだ。
変わった 、というより ごく普通の、当たり前の家庭に近くなってきたのだった。
「 あの ・・・ ジョー。 お願いがあるの ・・・ 」
「 へえ ? きみが? 珍しいね なに 」
ある朝 彼女は真剣な眼差しで彼にいった。
ジョーはアルバイトをみつけ 週の半分以上は朝からでかける生活になっている。
「 あの 今日はバイトの日 よね? 」
「 え うん ・・・ いつもと同じ。 」
「 ええ だから その。 ざっとでいいの。 」
「 ??? なにが。 」
「 あの ね。 道をおしえてください。 」
「 へ? み 道?? 」
うんうん ・・・と フランソワーズはひどく真剣な表情で頷いている。
「 あ ・・・ どこか出かけるの? 」
「 そうなの。 あの ・・・都心まで出たいのね。 どの電車で行けばいいのか教えてください。」
「 了解。 都心・・・って東京駅に行きたいのかな。 」
「 ・・ ちがうの。 えっと ・・・ あの ここ。 」
彼女はバッグから紙をとりだしてジョーの前に広げた。
「 え〜 ・・・ ああ これは途中でメトロに乗り換えればいいんだ。 結構早くゆけるよ。 」
「 そう! よかった ・・・ ウチの駅からどう行くの? 」
真剣な表情で フランソワーズはじっとジョーをみつめている。
「 あ ・・・ もしかして 都心に出るのって初めて ・・・だよね? 」
「 ええ でも教えてもらえれば ・・・ 行けるわ。 」
「 え ・・・ あ〜 今日じゃないとダメ? 明日ならぼく、一緒に行けるけど ・・・ 」
「 あの。 今日じゃないとダメなの。 」
「 どうしても? 延期・・・とかできないのかな。 」
「 だめ。 今日 なんだもの。 」
「 ??? なにが。 」
「 あの ― これ ・・・ 」
彼女は すこし躊躇っていたけれど、手元に広げていた紙をひっくり返した。
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「 ・・・ わ!? そっか〜〜 チャレンジするんだ? 」
「 ええ。 ダメモトだけど ― やってみなくちゃわからない でしょ? 」
「 あは そうだよね〜〜 よし。 ぼく送ってゆくよ。 」
「 あ だめよ。 ジョーはバイトの日でしょう。 大丈夫 ・・・一人でなんとか 」
「 え〜〜〜 だってJRからメトロへの乗換えとか 向こうでの道順とかわかる? 」
「 ・・・ た 多分 ・・・ 」
「 う〜〜〜 ・・・ ダメだ やっぱぼくが送って 」
「 大丈夫。 ワシが一緒に行く。 」
突然 後ろから声がかかった。
「「 博士 ?? 」」
「 ワシに任せなさい。 さあ 時間は何時からじゃね? 急いだ方がよいのじゃないか。 」
「 え あの でも ・・・ 」
「 任せなさい、と言ったじゃろうが? さあ 早くしなさい。 」
「 ・・・あ は はい ・・・! 今 荷物とってきます !」
フランソワーズは 慌てて自室に駆け上がっていった。
「 博士 ・・・ 知ってたんですか。 その ― 」
「 いや なに ・・・ しばらく前から な。 こっそり地下のロフトで練習しておったぞ。 」
「 え〜〜 ぼく 全然知らなかった・・・ 」
「 ははは 早朝にひっそりやっておったからな。 お前が寝こけておる時分になあ 」
「 ・・・ あちゃ ・・・ すごい な ! 」
「 うむ。 あの娘は 強いコじゃ。 おそらく誰よりも な。 」
「 そうですね ぼくなんかよりずっとずっと強いんだ ― すごい よ ・・・
あ 博士。 それじゃ 宜しくお願いします。 」
ジョーは ぴょこん、とアタマを下げた。
「 おお 任せてくれ。 しっかり保護者をしてくるぞ。 」
― タタタタ ・・・ 軽い足音が階段を駆け下りてきた。
「 博士! お待たせしました 〜〜 あら ジョー? バイトでしょ、早く出ないと遅刻よ? 」
「 え? あ〜〜〜 いっけね〜〜〜 じゃ イッテキマス! 」
「 はい 行ってらっしゃい。 」
「 ・・・ あ。 がんばれよ〜〜〜 きゅっ! 」
ジョーは いきなり彼女を抱き締めると ― そのまま脱兎のごとく駆け出していった。
「 ・・・ きゃ ・・・ 」
「 あは♪ ぼ〜くもがんばるからね〜〜〜〜 」
ダダダダ −−− スニーカーにしては重たい足音と元気な声が遠ざかった。
「 さて。 行こうか。 場所は ― ふむ、この辺りなら行ったことがある。 」
「 まあ そうなんですか? あの お願いします。 」
ペコリ。 ― 彼女は日本風に深く頭をさげた。
「 お前も もう一度 ・・・ 赤い靴 を履く決心をしたのじゃなあ ・・・ 」
「 はい? 」
「 いや なに ・・・ さ バスに遅れるぞ 」
博士は 穏やかに彼女を促がした。
サワサワサワ −−−− 街路樹の葉が心地好い音をたてている。
都心 というのは 案外と緑が多いものなのだ ― もっとも人為的に植樹されたものが大半だが。
それでも 爽やかな陰を舗道に広げていて 爽やかだ。
「 よい季節になったのう ・・・ 」
博士は カップをゆっくりと持ち上げつつ若い緑の葉たちを見上げている。
「 ええ ・・・ 」
フランソワーズは相槌をうちつつも 瞳はぼう・・・っと中空に漂う。
二人は 目的地近くのオープン・カフェで 午後のお茶を楽しんでいた。
ふう ― 思わず二人の吐息がかさなって・
「 ・・・ あら ふふ ・・・ なんか まだ夢みてる みたい ・・・ 」
「 夢なんかじゃあないよ フランソワーズ 」
「 でも ・・・ うふふ そうですねえ 今でも爪先が疼いていますもの。
ああ ああ ― でも またこの痛みを感じることができるなんて!
ああ ほんとうに 夢みたい・・・ 」
「 頑張れ。 あとはおまえ自身の問題じゃ。 」
「 はい。 」
サワサワ ・・・・ ファサ −−−−−
「 おっと ・・・? 」
博士はテーブルの上の 紙ナフキンを押さえた。
「 ・・・ っと ・・・・ 」
「 ふふふ ・・・ トウキョウにもステキなオープン・カフェがあるんですねえ・・・ 」
「 ここはほんに興味深い街じゃのう ・・・ 楽しむといいよ。 」
「 うふふ ・・・ 当分はレッスンだけで精一杯ですわ、きっと。 」
「 そうじゃな。 せっかくのチャンスじゃ、 しっかりおやり。 」
「 はい。 」
「 ワシからもな、お前たちに負けんようにせんとなあ。 」
「 はい? 」
「 見ていておくれ、しっかりと。 諸君らがよりよく生きてゆけるよう ワシはワシの
残りの日々を掛ける。 」
「 ― 博士 ・・・ 」
「 老人だとて夢やら希望をもってもいいじゃろう? なにも若者だけのモンじゃあないさ。 」
「 です ね。 夢や希望は ― 全てのヒトのものですもの。 」
「 じゃろ? さあ〜て ・・・ ワシらの中で誰がもっとも熱心に夢に邁進するか ―
楽しいコンペティションじゃなあ。 」
「 そうですね! うふふふ〜〜 ジョーも引っ張り込みましょう。
― あら? そういえば ジョーの夢ってなんなのかしら。 」
「 うむ ・・?? まあ 今度じっくり聞き出してごらん。 」
「 ええ そうします。 でも その前に! わたしはレッスン生として頑張ります! 」
「 よ〜し その意気じゃ♪ そして次のオーディションには ― 受かれよ! 」
「 了解〜〜 ! 」
カチン ・・・と カップを合わせ声を上げて笑いあう二人は どう見ても老父と愛娘だった。
― そう。 目的のオーディションには 落ちたのだ。
ドキドキドキ −−−− トクントクントクン ・・・・
心臓の音がさっきから何種類も聞こえる ・・・ 気がした。
フランソワーズは きゅ・・・っと手を握り締め また開き。 ストレッチをしてみたり稽古着を引っ張ったり
ゼッケンの具合を直したり 靴のリボンを結びなおしてり ― 落ち着かない。
もっとも それは周りにいる出場者全てがやっていることなので 目立つこともなかった。
― 15。 マーカー手書きのゼッケンがレオタードの前と後ろで震えている。
「 はい〜 ではbP1 から 19までの方〜 どうぞ。 」
ドアが開いてミストレス ( 助教師 ) らしい女性が読み上げる。
ガタン カタン カタカタ ・・・ 同じくらいの年頃の女性たち9人がそそくさとドアに向かった。
落ち着いて! あんた バーレッスンで何回か間違えたでしょう?
センターでのアンシェヌマンで取り返すのよ!
フランソワーズは きゅ・・っと口を結ぶと審査会場のスタジオに入った。
アンシェヌマンは一回で覚えられた ・・・と思った。
踊ったことのある振りに似ているかも ・・・とも思った。
が 頑張らなくちゃ ・・・!
あのコはO脚じゃない? あっちのは太ってるし。
後ろのコは下ばかり見てるし。
わ わたし の方が 上手よ ・・・!
「 はい では 始めます。 前奏は二小節ですから ― はい お願いします。 」
ピアノの音が静かに流れだした。
― プレパレイション ・・・! すっと息を吸って。 フランソワーズは踊りはじめた。
「 ・・・あ ・・・ しまった ・・・! 」
ピルエットの着地がグラついた。 次のステップに踏み切るタイミングが遅れてしまった。
「 いけない ・・・! 」
慌ててアチチュード・ターンに入ったので方向がズレてしまった。
「 ・・・ 順番は間違えてない ・・・ わ! 」
焦れば焦るほど 音と合わなくなってゆく。 音を取りこぼしてしまう・・・
脚を高く上げすぎ、降ろすタイミングを失敗した。
「 ・・・ ラスト なんとかラストのポーズだけは ・・・・!! 」
ダブル・ピルエット の所を欲張ってトリプル・・・ にしたのだが 着地でグラついた。
「 ・・・ あ・・・っ ・・・ 」
「 はい ありがとう。 それでは次のグループの方 ・・・ 」
踊り手たちは審査員にレベランス ( お辞儀 ) をして会場から出てゆく。
フランソワーズは顔を上げることができなかった。
― ダメだわ 全然 ・・・ ダメ。
脚がどうの こうの ・・・ なんて問題じゃない
わたし 全然動けていない。 練習不足!
結果発表を待つ必要はない、と思った。 このまま ― 帰ってしまいたい・・・
更衣室に飛び込むと稽古着の上にコートを羽織り そそくさと出てきた。
「 おお フランソワーズ ・・・ どうじゃったね? 」
「 あ ・・・ 博士 ・・・ 」
ロビーで博士が呼び止めてくれた。 他にも何人か娘を待っているらしいヒト達がいる。
「 もう 終ったのかい。 」
「 え ええ ・・・ あの でもダメです 受かりっこありません。 」
「 発表があったのか。 」
「 ・・・ いえ まだ。 でも 」
「 どちらにせよ 結果を確かめんとな。 そこまでが < 仕事 > だよ。 」
「 ・・・ あ は はい ・・・ 」
「 ワシはここで待っておるから。 」
「 ・・・ はい。 」
彼女はコートの襟もとを深く掻き合わせると 重い足取りで控え室に戻って行った。
半時間ほど待って結果の発表があった。 ― bP5 は 読み上げられなかった。
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updated : 09,03,2013.
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平ゼロ か 原作でもいいかも設定 ですが 『 赤い靴 編 』 とは無関係。
オーディションでは 普通アンシェヌマン ( 短い振り付け ) だけです。
あ コンクールとオーディションは違いますですよ〜〜
脚・足の変形は本当。 この93は まだまだまだ恋人同士以前